2011/07/03 ローマ6:15~23 罪の報酬と神の賜物

・罪の奴隷と報酬
人間は機能的に創造されており、目的を持って何かに仕える存在、僕(奴隷)としての存在です。しかし、仕える対象を誤ったときに、それは悲惨です。
 「罪の奴隷」とは、自分を罪にささげて、罪のために仕える者のことです。生まれながらの人は、皆、罪の奴隷であって、罪に仕え、罪を犯さないでいることはできません。それはあからさまな悪を為すと言うだけではなく、自己中心に生きることも実は罪の奴隷のありさまです。
 「罪から来る報酬は死」とあるとおり、地上では幸いのようだとしても、神の裁きにあい、永遠の死と滅びという結果となります。

・神の奴隷と賜物
 それに対して、私たちが福音を心から受け入れるときに、神は私たちを180度の転換した状態におかれます。「義の奴隷」とは神に喜ばれることをしないではいられない人のことです。
 また私たちが「義の奴隷」として生涯を送る決意をするとき、「賜物として永遠のいのち」を与えてくださいます。私たちが不完全だとしても、神の恵みによって与えられるプレゼントです。それは「神の子としての生命」であり、永遠に神の愛に守られ、育まれ、実をならせるすぐれた生命です。

・死と生命の道を判別して進む
 私たちの目の前に2つの道が示されています。1つは死と滅びの道であり、もう一つは神の生命と祝福に至る道です。かつて歩んでいた死への道を放棄して、心より献身して、義の僕として生命の道に進んでいきましょう。

0 件のコメント: