2015/7/5 ヨハネ福音書14:4~6 わたしが道



・わたしの行く道
 主イエスが「わたしの行く道はあなたがたも知っています」と語られました。「父の家」という目的地に行くためには、必ず道があるのは当然です。しかし弟子たちは、その道は何なのか見当がつきませんでした。「父の家」つまり天国にいたる道は、この世の常識的な道とはことなるからです。

・「わたしが道」
 「わたしが道…です」とあります。これまでも主イエスは「わたしが…です」という形で、絶対的パーソンとしてのご自身を啓示してきました。イエスのパーソンとは、人となった神の子として永遠、聖さ、正義を持った方です。さらに、この後の十字架と復活の業を通して贖い主、愛を備えた方として、弟子たちと私たちに現れることになります。その「わたし」が「道」であると言うことです。その道は、彼を信頼し、信じることで「あなたの道」となります。

・唯一の道
 「わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」とあります。世の中には、色々な道、真理、いのちを説く宗教と哲学がありますが、主イエスはただご自身のみが唯一の道、真理、いのちと宣言しているのです。主イエスの道は、「わたし」というパーソンとの絶対的関係の中にあるのですから、同時に、他のものと関係を持つことも、すでに逸脱です。つまり「わたし」に対して「あなた」が専心することが大切なのです。

2015/6/28 ヨハネ福音書14:1~3 天の住まい



・神とイエスを信じる
 主イエスは弟子たちの別離に際して「心を騒がしてはなりません」と感情を沈めるように促します。また「神を信じ、またわたしを…」と語ります。別離の目的を理性と信仰で受け止める時、それは必ずしも悲しみではなく、飛躍した喜びにつながるからです。

・天の住まい
父の家には住まいがたくさん…」とあります。父の家とは天の住まいのことです。地上にも住まいと生活があるように、天にも住まいが用意されています。それは地上の住まいよりもすぐれ、父の神、子キリストの臨在が近くあります。私たちは小さい者で罪ある者ですが、主イエスが神の子の権利と贖い主としての権利でもって、私たちのためにも「天の住まい」が用意されます。

・また来て
 「また来て」とありますが、キリストの世の終わりの再臨だけではなく、聖霊による来臨を意味します。主イエスは現代も、聖霊において私たちを絶えず導き、ついに「天の住まい」に迎え入れるのです。

・死生観の転換
 私たちの心には肉によって植え付けられたネガティブな死生観があります。それをイエスが啓示するみ言葉と信仰によって克服して、希望と喜びある死生観に転換する必要があります。それによってより充実した信仰生活となるのです。