2019/8/18 出エジプト20:12~14 十戒…隣人に対して


・父と母を敬え
 第5戒は「あなたの父と母を敬え」です。「敬う」というのは面従腹背ではなく、心から尊敬して従うということです。神は、ご自身の代理のように親を立てて、子どもを養い育て、教育するようにされたからです。
 またこれには約束が伴い、「あなたの齢が長くなるため」とあります。神は親を敬う者を覚えておられ、それを喜ぶと言うことだけではなく、人生の祝福としてくださるのです。

・殺しては…姦淫してはならない
 「殺してはならない」とあります。人間は、神のかたちに似せて創造された尊い存在です。それを殺すことは、何よりも厳しく禁じられています。また行為としての殺人だけではなく、怒りや憎しみの思いをも禁じています。
 「姦淫してはならない」とあります。神は結婚関係を聖別しておられるので、それを引き裂く行為を固く禁じます。同時に、みだらな思いで異性を見ることも禁じます。性的関係は、時代によって変遷しているように錯覚されていますが、神の戒めは不変です。

・悔い改めと新しい心
 十戒の目的は道徳の規範を示すと共に、人間の原罪を顕わにする役割があります。行為はともかく、内面に向けられた戒めを完全に守れる者はおりません。だれでも心の奥に潜む原罪が顕わになるのです。そしてキリストを待望させるのも十戒の役割です。

2019/8/11 出エジプト20:8~11 十戒…安息日について


・安息日
 第四戒は「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ」。安息とは休むということです。その理由として、主なる神が天地創造の最後の日に休まれたことを上げています。神の民が、神の安息日につらなることを意味します。それゆえに、安息日は単なる休みではなく聖なる日と定められました。

・安息日の目的
 その他に、安息日の具体的目的は、人間から動物にいたるまでからだと精神を休めるということでした。人間の場合、労働はアダムの罪の呪いという意味があり、そこから解放されることは、罪と呪いからの救いという意味もありました。
 さらに安息日は、主なる神について知り、恐れることを学び、犠牲や礼拝、交わりのための宗教的目的に用いられた日でした。

・本体はキリスト
 しかし旧約の安息日は影であったため、キリスト到来後、廃棄されました。そして真の安息が彼自身にあり、天の御国で実現することが明らかにされました。「かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか(ヘブル10:25)と礼拝に集いつつ、御国到来に備えていくように勧められています。
 初代教会以来、礼拝の日はイエスの復活の日、すなわち主の日とされてきました。今の時代に生きる私たちも主日礼拝を重んじて、キリストによる真実の安息の落伍者にならないように励まし合いましょう。

2019/8/4 出エジプト20:1~7 十戒…神について


・第1戒
 神は、ご自身がイスラエル人をエジプトから救済した主なる神であることを明らかにした後、神と民の契約として十戒を与えられました。その第1戒は「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない」とあります。エジプトで民は、雑多な神々を崇めていました。しかし、神の民とされたとき、真実の神である主のみを礼拝するように求めれらたのです。

・第2戒
 「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない」とあります。偶像とは人間の手で作った偽りの神のことです。エジプトの雑多な神々はみな動物などでイメージ化されており、木や石や金属の彫像で、あるいは絵で作られていました。また主なる神についても、偶像化することを禁じています。人は、自分の都合の良いように神々を創り出す罪の傾向があるのです。

・第3戒
 「主の御名を、みだりに唱えてはならない」とあります。「みだりに唱える」とは、主の名を勝手に用いて偽りの誓いをしたり、魔術や呪いに用いたり、悪魔払いなどに用いて、神の本来のご性質や御心を曲げる行為で、言葉による偶像化です。

  人の本性は、汚れと偽りに満ちていて、神の本来の姿をどこまでも曲げていきます。そこで私たちは、十戒を覚えると同時に、神ご自身をみ言葉で学び、知り、正しく礼拝するようにしなければなりません。