2021/1/24 ルカ福音書9:18~27 自分の十字架を負う

 ・信仰告白
 ペテロは主イエスの問いに対して「神のキリスト」と答えましたが、このときから主イエスは、ご自身の苦難と復活の予告をします。つまり「人の子は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨て られ、殺され、そして三日目によみがえらなければならない」と。
 この預言は弟子たちのキリスト観とは全く異なりましたが、より大きなキリスト像、つまり罪と死に対する勝利者としての姿が啓示されています。

・自分の十字架を負う
 次に主イエスはご自分の弟子の信仰姿勢について次のように語ります。「自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そして私についてきなさい」。弟子とは単に告白するだけのものではなく、自分を否定して、キリストに従う者です。「日々自分の十字架を負う」とは、自分に委ねられるキリストからの使命を、苦難が伴ったとしても、担って生きることです。

・自分のいのちを救う
 この命令は、なにか恐ろしいもののようですが、しかしこれ以外には私たちが自分の生命を救う手段はありません。「自分のいのちを失う者は、それを救うのです」。
 私たちはそれぞれ異なった「自分の十字架」がありますが、それは実は祝福なので、前向きの姿勢で担っていくことが大切です。
 

2021/1/17 ルカ福音書9:10~17 5つのパンと2匹の魚

 ・神の国の現実
 主イエスが弟子たちを休ませるために辺鄙な野に退いたときに、多くの群衆も主イエスをしたってついてきました。「日も暮れ始めた」ときに、主イエスは弟子たちにたいして「あなたがたで、何か食べる物を上げなさい」と語られました。ところが彼らの手元には「五つのパンと二匹の魚のほか何も」なかったので、当方に暮れました。地上での神の国の現実は、しばしば、欠乏、小ささ、弱さ、危機です。

・神の国の祝福
 しかし主イエスは群衆を五〇人ほどのグループにして座らせてから「イエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福して裂き、群衆に配るように弟子たちに与えられた」とあります。「五つのパンと二匹の魚」は、決して、小さなものではなく、神の恵みによる賜物として感謝し祝福しているのです。 次に「裂き…配る」というふうに神の国の交わりを作っています。また弟子たちも群衆もこの交わりを繰り返したとき、そこに神の国の恵みと祝福が、出現しました。

・ボンヘファー「共に生きる生活」  
 「感謝ということは、キリスト者の生活の他の方面においてもそうであるように、キリスト者の交わりにおいても大切なことである。小さなことに感謝するものだけが、大きなものを受けるのである。」

2021/1/10 ルカ福音書9:1~6 召命と派遣

 ・神の国の召命と派遣
 主イエスは12弟子を呼び集めて「力と権威とをお授けに」なりました。また「神の国を宣べ伝え、病気を直すために、彼らを遣わされた」とあります。神の国とは神の支配ということでみ言葉と御霊によって実現します。その際に神の国到来の具体的なしるしとして癒やしと悪霊追放がともなうのです。これは主イエスによる召命と派遣であり、弟子たちも応答したのです。

・神のみに頼る
 「旅のために何も持って行かないように」とあります。神の国の働き人を神が養ってくださるからで、後の一切は神に信頼するようにということです。そして彼らを受け入れる家あるいは町では、宣教を続けて祝福を与え、「受け入れない」町を出ていくときには、「足のちりを払い落として」、神の支配を拒絶したことを証言するようにと命令を受けます。

・宣教の拡大
 弟子たちの派遣によって、神の国の福音は拡大します。そして10章では、さらに多くの弟子たちを派遣して、さらなる拡大が起こり、使徒の働きでは、さらに全世界に広がっていく様子が記されています。
 そして、主イエスは21世紀の現代においても、さらに神の国を世に拡大浸透させるために私たちに対して、同じようにして「召命と派遣」を与えておられます。
 

2021/1/3 詩篇104篇 主をたたえよ

 ・「主をほめたたえよ」
「主をほめたたえよ」とありますが、私たち人間は全身全霊をもって主なる神をほめたたえるよう招かれています。実際に、主はほめたたえられるにふさわしい偉大さと「尊厳と威光」をもって天において一切を支配しておられ、天に心の目が啓かれた者たちは誰でも、主をほめたたえざるをえません。

・盤石な恵みの支配
「地をその基の上に据え」とありますが、これは天地創造の有様を描いています。神は「深い水」とカオスを支配し、盤石な地を創造されました。さらに神は、地を水で潤し、生きとし生けるものを恵みで支配しておられる様が描かれています。その美しい世界に人間もまた、生かされています。

・新年に「主をほめたたえよ」
 最後に神は、死と再生を支配し、正義と悪の審判者であるという信仰告白をしています。神の支配から免れる者はないのです。そこで私たちがなすことは、神の御心にかなう者となり、神の恵みの支配の中にやすらい、心から神に歌うことです。

 すでに新しい年となりましたが、世はコロナ禍で世界に対して不安と怖れを抱く時代となっています。この時代の中で、私たち神の民は、主イエスによってすでに御心にかなうものとされて、この地上に生かされていることを覚えて、ただただ神に感謝し、ただ神を賛美することです。