2021/2/21 ルカ福音書9:51~56 御顔をまっすぐに

・「天に上げられる日」
 ルカ9:51から19:44はエルサレム途上のイエスを描いており、しかもルカ独特の物語が挿入されています。「さて、天が上げられる日」とありますが、それはイエスの結末であり、十字架と復活と昇天の救いの業の一切を示しています。これがルカ福音書の主題であり、聖書全体の中心です。

・御顔をまっすぐに
 「イエスは、エルサレムに行こうとして御顔をまっすぐ向けられ」とあります。エルサレムとは、当時、神殿があった町ですが、同時にキリスト預言の中心となる町でした。「み顔をまっすぐに」とは、きわめてひたすらで、真面目で、真剣な主イエスの姿を現しています。それは父から委ねられた救いを成し遂げようとするイエスの心と意志をよく現しています。

・イエスに習う
 私たちは、神の国の民として、主イエスが切り開いた天への道に招かれています。この主イエスのエルサレムに向かう姿勢にならって、私たちの前に備えられた小道を進んでいくべきです。
 ヘブル人12:2に「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。」とあるとおりです。
 

2021/2/14 ルカ福音書9:46~48 神の国の価値観

・「だれが一番偉いか」
 「弟子たちの間に、自分たちの中で、だれが一番偉いかという議論が持ち上がった」とあります。彼らは目に見える世的価値観によって「偉い」「大きい」「優れている」を図ろうとしていました。神から離れた世では、自分たちで価値観を作り、しかも比較によって優劣を決めようとする体質を持ちます。そこには常に弊害が伴い、妬みと争いの種となり、また小さいとされるものを蔑視することになります。

・子どもをそばに
 そこで主イエスは「子どもの手を取り、自分のそばに立たせ」て弟子たちの価値観を訂正します。当時、子どもは力もなくまた律法を知らない故、劣った者とされていました。しかし主イエスは「このような子ども」こそ最高の価値ある存在としていることを 示し、その価値観を弟子たちも受け入れるよう促しています。

・神の国の価値観
「あなたがたすべての中で一番小さい者が一番偉いのです」と主イエスは地の国と神の国の価値観が逆転することを示します。それゆえ、私たちは主イエスの御元でこの世の価値観を砕いて、神の国の価値観を身につけることが大切です。
 そのようにして、私たち自身の絶対的価値をも見出すことができるし、神の国の幸いな交わりを実現することができるのだと思います。
 

2021/2/14 ルカ福音書9:37~45 「今の世」と十字架

 ・悪霊に憑かれた子
 主イエスの一行が山から降りてきたときに、ひとり息子の癒やしのために「群衆の中からひとりの人」が叫びました。その息子は悪霊につかれると「突然叫び出す…ひきつけさせてあわを吹かせ…なかなか離れようとし」ない状態でした。それは罪の世の悲惨な現実でした。

・「不信仰な、曲がった今の世」
「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ…。」主イエスは弟子たちの不信仰、群衆と父親の不信仰、さらに「今の世」を叱責しておられます。神がいくら働きかけても、霊の目が閉ざされて不信仰と罪のままなのが「今の世」です。主イエスの叱責の背後に、神の忍耐を垣間見ることができます。主イエスは叱責をしても、世の悲惨を放置することもなく、その悪霊につかれた息子を癒やされます。

・「今の世」と十字架
 最後に主イエスは弟子たちに密かに「人の子は、いまに人々の手に渡されます」と弟子たちに告げます。それは十字架の予告ですが、十字架は「今の世」の罪の一切を忍耐しつつ担った帰結でした。十字架によってでなければ、誰も自分の罪にも、神の忍耐にも、気が付かないし、霊的麻痺から癒やされることもないのです。
 「キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされた」Ⅰペテロ2: 24とは真実飲み言葉です。

2021/1/31 ルカ福音書9:28~36 変貌の山

・変貌の山
 主イエスは3人の弟子たちを連れて祈るために山に登りました。そのときに「御顔の様子が変わり、御衣は白く光り輝いた 」とあります。人の顔ではなく、「別の顔」、神の子としての顔に変貌したのです。

・十字架と栄光の救い
 「ふたりの人がイエスと話し合って」とありますが、それはモーセとエリヤでした。彼らは旧約聖書を代表する人物たちです。彼らは主イエスとともに「エルサレムで遂げようとしておられるご最期について話していたのである」とあります。その「ご最期」とは新しい出エジプト、十字架の救済のことでした。主イエスが弟子たちに対して、その光景を顕にされたのは、彼らが十字架の苦難の中でも、栄光ある救いの道を見失わないためでした。

・「彼の言うことを聞きなさい」
 やがて栄光の姿は消え去りましたが、雲の中から御父の声がしました。「…これは、わたしの愛する子、わたしの選んだ者である。彼の言うことを聞きなさい」。つまり、主イエスを神の子として認証し、彼の言葉によって新たな救済に導かれるということです。
 このことは私たちの場合も、全く同様です。つまり、イエスの言葉である福音に深く聞く時、私たちも変貌の山を体験し、救いの道を見失うことなく、信仰の人生を歩むことができるということです。