2021/8/22 ルカ福音書12:54~59 時を見分ける

・時を見分ける
 主イエスは群衆に対して、次のように語り非難しています。「地や空の現象を見分けることを知りながら、どうして今のこの時代を見分けることができないのですか。」
 確かに世の人々は、気象の変化について関心を持って見分けるのですが、「この時代を見分け」ようとはしないものです。つまり、この時代が神の怒りの下にあり、世の終わりに直面しているということです。

・自ら進んで判断する 
 さらに「なぜ自分から進んで、何が正しいかを判断しないのですか」とあります。人は誰かに、自分の罪を指摘されてもなかなか、それを認めようとしない存在です。そこでいつでも自分から自発的に罪を察知して悔い改め、神との和解をえる信仰姿勢が大切になります。

・悔い改めと和解の時
 最後に主イエスはたとえを通して、神の裁きを免れるために、悔い改めて和解することの大切さを示します。その和解の道とはイエス・キリストです。
 私たちは、さながらこの債務者で、神の怒りと裁きの下にある債務者また罪人です。そのことを認識し、自発的に心から悔い改めて、神が用意してくださっている和解を受け入れる姿勢が大切です。

 

 

2021/8/15 ルカ福音書12:49~53 火のバプテスマ

 ・火を投げ込むため
 主イエスはご自分が地上に来られた目的について「火を投げ込むため」と語ります。人々は主イエスについて平和の君という期待を持っていたのですが、それとは正反対のイメージです。
 主イエスが語る「火」とは、目に見えない聖霊の火です。罪との妥協で偽りの平和の世界は、聖霊の火によって燃やされなければならないのです。その「火」によって初めて、真実の平和が世に訪れるのです。

・イエスの火のバプテスマ
 「わたしには受けるバプテスマ」とあります。つまり世に火を投げ込む前に、ご自身が火のバプテスマによって燃やされ、苦しむということを預言しております。つまり神の怒りに焼き尽くされ、同時に肉の姿で罪を焼き尽くすということでした。

・私たちの火のバプテスマ
 「…むしろ、分裂」とあります。主イエスご自身が受けたバプテスマによって、今度は福音と言う形で聖霊の火が弟子たちに与えられます。それによって弟子たち自身と世との関係に火が投じられることになります。それが「分裂」です。
 私たちも福音のもとにありますが、その火は、私たちの内側と世との関わりの中で、罪と義、汚れと聖をことごとく分離させます。そこでは多少の痛みが伴いますが、しかしその「火」を通して平和が訪れることになるのです。

2021/8/8 ルカ福音書12:41~48 忠実な思慮深い管理人

・忠実な思慮深い管理人
 主イエスは忠実な思慮深い管理人のたとえを通して、教会のリーダーたちの信仰姿勢について語っています。「忠実な」とは、主人が不在の間も主人の思いと利益を優先して、家のしもべたちをよく管理し、特に恵み深い主人の思いに従って、しもべたちに「食事時には彼らに食べ物を与える」のです。主イエスの家である教会の場合、食べ物とは何より神の言葉です。

・主人が帰ってきたとき
 「主人が帰ってきたとき」、忠実で思慮深い管理人は、幸いと祝福を受け、それに対して、不忠実で愚かな管理人は厳しい裁きにあいます。ちょどそのように、主イエス再臨のときに、神の家でも同じことが起こります。神の家の管理人とは、使徒、伝道者、牧師、教師、また監督、長老、執事など、責任ある立場の者たちです。

・賜物と奉仕でも深い管理者
 最後に「多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます」とあります。ここで主イエス再臨のときに審判を受けるのは、賜物と責任を委ねられているすべてのキリスト者とされています。
 私たちは、それぞれ賜物を受け、何らかの責任を委ねられている者たちです。それらを忠実さと思慮深さを持って、十二分に用いていく必要があるのです。
 主イエスの再臨は確実にあるのです。その時を期待しながら、力を尽くし、思いを尽くして、精神を尽くして、神の家で、共に仕えていくようにいたしましょう。
 

2021/8/1 ルカ福音書12:35~40 再臨と待望

 ・再臨と待望
 主イエスは婚礼から帰る主人とそれを待つしもべたちにたとえて、ご自身の再臨と弟子たちの信仰姿勢について語っています。「腰に帯を締め、あかりをともして」とは仕える姿勢と心が覚醒した状態で主人を待つしもべたちの姿勢ですが、ちょうどそのように、弟子たちに対して、主イエスの再臨を待望するように警告しています。
 
・報いと幸い
 「帰って来た主人に、目をさましているところを見られるしもべたちは幸い」とあります。「目をさましている…しもべ」とは、仕える姿勢と心が覚醒した状態を保つしもべたちのことです。彼らに対して、たとえの主人は大きな報いを与えています。ちょうどそのように、主イエスご自身も、忠実な弟子たちに対して大きな報いと恵みを与えることが示されています。
 
・用心していなさい
 最後に「あなたがたも用心していなさい。人の子は、思いがけない時に来るのですから」とあります。
 現代は、主イエスの再臨を信じる者が少ない時代です。世の人々は、全く馬鹿げたことのように考えています。またキリスト者の中でも、救いを心の中だけに矮小化し、再臨という歴史上におこる救いをリアルに受け止めない傾向があります。しかし、そのような信仰は空虚です。
 私たちは、このような時代だからこそ、「用心して」再臨待望の信仰を失ってはなりません。その信仰だけが、神の国で完成し、報いを受ける信仰でだからです。