2021/11/21 ルカ福音書14:25~33 弟子の条件

 ・弟子の条件
 主イエスはご自分についてくる群衆に対して、弟子の条件とは何かについて、次のように語っています。
「自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることができません」
 地上に生きる人間にとって「自分のいのち」は言うまでもなく、家族と親族は何よりも愛すべき存在です。それを「憎むように」ということは、世の常識を覆す革命的言葉です。

・自分の十字架を負って
 さらに「自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません」と畳み掛けています。「十字架」とは、地上の一切を否定する象徴です。地上のものに未練を残していては、イエスの弟子となれないと明言しているのです。
 「塔を築こうとするとき」「どんな王でも…戦いを交えようとするとき」と2つの例を用いて、物ごとを成功させたり、勝利するときに、基本となる合理的判断が必要であることを示しています。それがイエスの弟子となる場合は、「自分のいのちを憎む」「十字架を負う」ということだということです。

・神中心の生活転換
 これらの命令は、ショック療法的言葉で、私たちが地上の生命に執着するよりも、神を第一に愛すべきをことを具体的に示しているのです。その基礎があって初めて、地上のいのちも人間関係が純化され、健全で幸いとなるからです。

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