09/08/23 「自分たちの」ではなく マルコ7:1~13


・先祖の言い伝え
 ユダヤ社会には、モーセ律法とは別に「先祖の言い伝え」がありました。それは食べ物の規定から手洗いなどの聖めの規定まで生活の細部にまで及んでいました。パリサイ人と律法学者たちは、その専門家で、ユダヤ社会で権威を持っており、「先祖の言い伝え」に従わない者たちを罪人として断罪していました。
 主イエスの弟子たちは「先祖の言い伝え」について十分に知識がなく、しばしばパリサイ人らによって非難されました。

・「自分たちの・・・」へのイエスの非難
 しかしながら、主イエスはイザヤの預言を引用しながら、彼らを反対に非難します。「彼らは「先祖の言い伝え」を守ろうとするが、ただ「人間の教え」に過ぎず、心は神から遠く離れていると」。
 さらに「自分たちの言い伝えを守るために・・・神の教えをないがしろにしている」と。実際に律法には「あなたの父と母を敬え」と命令されているのに、コルバンという規定を作って、神のことばを空文にしていました。それはほんの一例です。

・「自分たちの」の罠
 私たちは集団を作るときに「自分たちの」と言うことを大切にします。それは大切なことです。しかし「自分たちの」という集団心理は、やがて絶対化され、「神の」ということさえも、無視し、さらには敵対するにまでになってしまう危険をはらんでいるのです。特に私たち日本人は、この集団性に弱さをもっています。

・「自分たちの」ではなく
 私たちは「自分たちの教会」であるゆえに、熱心に活動をします。しかしそれ以前に「神の」教会であることを良く覚える必要があります。そのためには神の言葉を真摯で、純粋な心で読み、それを自分たちの教会形成の土台とするように、いつも心掛けることが大切です。

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