2022/5/8 母の日礼拝 創世記21:14~21 母ハガルの場合

 ・母ハガルの場合
 聖書では、母の子離れのテーマが多くあります。ハガルの場合もその一例です。奴隷であったハガルはサラの逆鱗に触れ、息子イシュマエルとともに荒野に追放されることになりました。アブラハムは「非常に悩みましたが、神の啓示と祝福を信じて、二人にパンと水の革袋を持たせて送り出しました。

・荒野をさまよい
 「彼女はベエル・シェバの荒野をさまよい歩いた」とあるように、ハガルには行く宛もなく、厳しい荒野をさまよい歩くしか術がありませんでした。「水が尽きたとき」とは生命も尽き果てようとしていたときです。彼女は、自分の力では守ることはできないと考えて、子どもを放棄して、遠く離れてただ泣くだけの状態になりました。この世にある母と子の厳しい現実です。

・神がハガルの目を開かれ
 しかし母が手放した時、本来の保護者であり守り手である神が前面に出てきます。つまり「神は少年の声を聞かれ」とあるとおりです。この体験が、母ハガルの子育ての姿勢を180度転換させます。それは「神がハガルの目を開かれた」体験となりました。そして神中心に物事を考え、自分は子どもを神から委ねられた母という視点になったときに、現実の子育てでも「目が開かれて」展望が開かれたのです。そのようにして、彼女は井戸を見つけ、子を養い、立派な青年に育て上げました。

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