2017/5/14 Ⅰテサロニケ2:6~8 母と優しさ



・母と優しさ
 使徒パウロは、教会を建て上げるときに、母親を模範としました。「母がその子どもたちを養い育てるように、優しくふるまいました」とあるとおりです。「優しく」とは、「小さい者、無力な者のようになって」、あるいは「子どもと同じようになって」ということです。自分を低くする中で、柔和と優しさが表現されるのです。母親とは、まさにそのようにして子育てをするのです。

・生命を与えるほどの愛
 「自身のいのちまでも、喜んであなたがたに与えたいと思った」とあります。強制や義務だけではなく、人に対する愛と自発的な犠牲の思いです。母親の子どもに対する愛はそのような愛です。それは自然に備わったものと言うよりも、母のうちに養われた愛です。キリスト信仰は、母親のうちにその愛を養います。
 以上のことから、母親の愛は自分を低くする愛、犠牲の愛であることがよく分かります。よって、子である者たちは、ただただ母たちに感謝するべきです。

・母の愛と神の愛
 しかし母の愛も、限りがあります。人を最終的に育てるのは神の愛のみです。そこで母は、子どもを神にゆだねつつ祈ることが大切であり、子どもは母の愛に依存するのではなく、神の愛に目覚める必要があるのです。神は母親を育てる器とし、また神の愛を指し示す道しるべとしているのだと思います。   を