2013/6/23 ヨハネ1:43~51 いちじくの木の下で

・ナタナエル
  ナタナエルがピリポから主イエスについて聞かされたとき、「ナザレから何の良いものが出るだろう」と一蹴しました。先入観と偏見があったのです。しかし実際に、「来て、見た」時に、その偏見は取り除かれました。

 ・本当のイスラエル人
  主イエスはナタナエルを見たとき、即座に「…ほんとうのイスラエル人」と語られました。それは神を信じて、メシヤの到来を切に求め、祈る人のことです。
 多くのイスラエル人たちは、血統と律法に安住して、心の中の信仰が失われていました。その中で、ナタナエルの信仰姿勢は際だっていました。

 ・いちじくの木の下で
  「どうして私をご存じなのですか」との問いに、主イエスは「…あなたがいちじくの木の下にいるのを見た」と語られました。そこは預言書(ミカ4:4、ゼカリヤ3:10)によるとメシヤの時代の敬虔な者たちの集うところとされ、そこで彼は神に切なる祈りを捧げていたのです。その真実な彼の姿を、主イエスは「見て」おられたのです。
  その言葉を聞くやナタナエルは、即座にイエスこそメシヤであることを知り信仰告白をします。

 ・私たちも
  現代は、敬虔な人柄や祈りが軽んじられる時代です。しかしこの時代でも、主イエスはそのような人々を「見て」おり、彼らにご自身を知らせ、またすばらしい御業を現されるのです。