2011/10/16 ローマ9:19~33 あわれみの器

・創造者/神の主権
 人間には傲慢な心があって、神に対しても自己主張をします。しかし聖書の神は創造者として絶対的主権があります。神は天地創造のおり、無から有を創り出された方で、人間もまたそのようにして創造されました。人間は神の前で、被造物として何の権限もないのです。それを主張することは罪を深めるだけです。

・陶器師と陶器
 神と人間の関係は、陶器師と陶器の関係と同じです。陶器師は自由に土の塊から色々な陶器を造る絶対的権利があります。あるいは尊いことに用いる陶器、あるいは卑しいことに用いる陶器と自在に、自分の意志だけで造るのです。当然、陶器が陶器師に対して言い逆らうということはありません。丁度そのように、神と人間とは存在の次元が異なっているのです。

・怒りの器とあわれみ器
 私たちは欠けだらけ、汚れだらけの怒りの器です。何のよいところもない全的堕落状態です。しかし神は、私たちに対しては「豊かな寛容」をしめして、「あわれみの器」として招いてくださっています。私たちに何か良いところがあるから、というのではなく、全く神のあわれみの主権によることです。
 「彼に信頼する者は、失望させられることがない」とありますが、彼をあわれみの門として私たちの前に提示して、招いてくださっているのです。

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