2009/12/13 インマヌエル マタイ1:18~25


・キリスト預言と処女降誕
 罪からの救済者として旧約聖書の時代を通してキリスト到来が預言されていました。預言者イザヤはキリストのしるしは「処女降誕」であるとしました。処女降誕は、色々な意味で人間にとっては躓きになります。神が人となる躓き、処女が子供を産むという躓きなどです。
 マタイはこの躓きを取り払うかのようにアブラハムからキリストまでの系図の中に女性たちを紹介します。いずれも躓きをはらみながら神が「良し」とした女性たちです。 

・ヨセフは信じ受け入れた
 許嫁のマリヤが聖霊によって身重になったときに、ヨセフは「内密にさらせようと決め」ていました。しかし「主の使いが夢に現れて」、マリヤは聖霊によって子どもを宿していると知らされます。御使いは彼を「ダビデの子ヨセフ」と呼んだときに、彼はアブラハム・ダビデに対する約束を思いおこしたと思います。彼の子孫としてキリストが生まれると言うことです。彼は御言葉を信じマリヤをも受け入れました。それでキリストを持つことができたのです。

・インマヌエル
 キリストの別名は「インマヌエル」です。「神は私たちとともにおられる」という意味です。この方が私たちの神となるためには、いつの時代にも躓きが伴います。
 しかしいつの時代も同じです。ただ彼がインマヌエルで、私たちとともにあり、私たち祝福する方であると信じ続ける時、やがてその祝福は確かに私たちとともにあると気づくのです。

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