・要求する神の義ー律法
聖書には2種類の神の義が示されています。1つは石に文字としてしるされた「神の義」です。これは外から要求し、人が努力しながら、項目すべてを守るように命令します。しかし、守れないときに、罪人として容赦なく裁きます。
旧約の歴史は、人は律法を通して「神の義」を獲得できるかを実験した歴史です。結果は不可でした。
・与える神の義ー福音
福音は預言を通して予知され、律法の後に与えられました。人間は自分の行いに絶望してからでないと、福音を通して提供されている「神の義」に対して心を向けないからです。これは人間の努力によるのではなく、神が提供し、与えたところの「神の義」です。裁く義ではなく罪人をも義とするいわば「二乗の義」です。
・啓示
この「神の義」は福音のうちに「啓示」されています。人は啓示された「神の義」を発見して、受け取ることにより、それを自分のものとすることができます。さらに、それを獲得した者たちは、神のあらゆる祝福を受けて、内側から変革されていきます。
・義人は信仰によって生きる
この神の義は、ただ信仰によって受け取ることができます。信仰だけが、神からの賜物を受け取ることができる器です。
キリスト者の生涯は信仰で始まりますが、信仰によって成長していきます。信仰によって、罪の赦しを受け、信仰によって永遠の生命にあることを覚え、信仰によって神の愛を確信して歩むのです。
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