2021/1/24 ルカ福音書9:18~27 自分の十字架を負う

 ・信仰告白
 ペテロは主イエスの問いに対して「神のキリスト」と答えましたが、このときから主イエスは、ご自身の苦難と復活の予告をします。つまり「人の子は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨て られ、殺され、そして三日目によみがえらなければならない」と。
 この預言は弟子たちのキリスト観とは全く異なりましたが、より大きなキリスト像、つまり罪と死に対する勝利者としての姿が啓示されています。

・自分の十字架を負う
 次に主イエスはご自分の弟子の信仰姿勢について次のように語ります。「自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そして私についてきなさい」。弟子とは単に告白するだけのものではなく、自分を否定して、キリストに従う者です。「日々自分の十字架を負う」とは、自分に委ねられるキリストからの使命を、苦難が伴ったとしても、担って生きることです。

・自分のいのちを救う
 この命令は、なにか恐ろしいもののようですが、しかしこれ以外には私たちが自分の生命を救う手段はありません。「自分のいのちを失う者は、それを救うのです」。
 私たちはそれぞれ異なった「自分の十字架」がありますが、それは実は祝福なので、前向きの姿勢で担っていくことが大切です。
 

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