2011/3/13 マルコ14:32~42 ゲッセマネの祈り

・ゲッセマネ
 主イエスは十字架前夜、ゲッセマネというオリーブ山の園で祈りの時を持ちました。その祈りは「悲しみのあまり死ぬほど」と告白しているほどに苦悶に満ちていました。
 ゲッセマネはいわば十字架直前の前哨戦の場であり、主イエスはそこでの祈りにおいて勝利して、十字架に向かっていったのです。

・ゲッセマネの祈り/その1
 「アバ、父よ」と主イエスは心からの信頼を持って父の神に祈っています。主イエスは神の一人子しての権利を持ち、自由なる祈りが聞き届けられてきました。
 「この杯」とは十字架の苦難を意味します。神の怒りと呪い、家族と弟子たちとの関係の破局、旧約の民との断絶など暗黒の時を意味しました。その苦しみを回避しようとすることは、人の弱さを知る方として当然の求めでした。

・ゲッセマネの祈り/その2
 また主イエスは、祈りが「あなたのみこころ」を聞きそれに従う決意をする場であることを心得ていました。神の御心は預言の言葉で示されていましたが、十字架直前にさらに深く、強く、明瞭に示される必要があったのです。
 この両者の狭間での苦悶の祈りが続きましたが、主イエスは最終的に「わたしの願い」を放棄し、父の御心を自分の使命とするのです。

・私たちのゲッセマネ
 主イエスはその間、眠りこけていた弟子たちに対して「誘惑に陥らないように、目を覚まして、祈り続けなさい」と命令しています。
 これは同時に私たちに対する命令であり、私たちの場合も様々な誘惑に勝つにはゲッセマネの祈りを模範として祈り続けることが肝要です。

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