・「あなたは何を見ているのか」
神はエレミヤを試して語りかけます。「あなたは何を見ているのか」と。預言は人間的な惑わしから解放されて、ただ神に心と思いを向けることを必要とされてます。そこでこの問いは、エレミヤが神の預言者としてふさわしかどうかの試験ということになります。
・「アーモンドの枝」
エレミヤは「アーモンドの枝を見ています」と答えます。この幻は、民数記17:8の記事を想起させます。神がアロンの杖にアーモンドの花を咲かせ実を結ばせたという奇跡です。それでアロンは神が任命した大祭司と明らかにされたのです。エレミヤに「アーモンドの枝」が示されたのも、神がエレミヤと共にあり真の預言者であることを証ししたのです。
・「見張っている」
「アーモンドの枝」が示されたのには、もう一つの理由があります。それは「わたしのことばを実現しようと、わたしは見張っている」ということです。「アーモンド」ヘブル語で「シャケデ」といい「見張っている」という意味にもなります。神は言葉遊びを用いて、エレミヤに神のことばは必ず実現することを確信させたのです。そして、この「アーモンドの枝」の幻は、エレミヤの生涯にわたって彼の預言者活動を支えた重要な幻となったのです。
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問1; エレミヤにとって「アーモンドの枝」の幻は、どのような意味がありましたか。
問2; 「みことばを…見張っている」ことは、あなたの信仰生活にとってどのような励ましとなりますか。