・私の神
「主よ。あなたは私の神。」とあります。「あなた」と「わたし」の関係は、人格関係を表し、互いの信頼関係で成り立ちます。イザヤは神に対して絶対的信頼を置き、その信頼感の中で祈り、賛美し、崇めています。その関係は、神が招いてくださった結果、成立するものであり、イザヤはその招きに対して、身を投げ出すように応答していました。
・砦である神
イザヤが主なる神を信頼するのは、実際に信頼に値する神だからでした。まず、「横暴な者たち」をしずめ、「弱っている者」「貧しい者」たちのために砦となってくださるからでした。神の民は、世において「弱っている者」「貧しい者」です。世の力にたよらず、悪と組むことがないからです。
・死を滅ぼす神
さらにイザヤは神である主は、「永久に死を滅ぼされる」神と告白します。神は全知全能であること、御民に対して限りない愛と恵みを注がれること、この2つの信仰によって、この究極の告白をしています。
この箇所は1コリント15:54 に引用されていますが、主イエス・キリストの贖いによって明瞭にされた真理です。
・希望の神
「待ち望んだ私たちの神」とあります。それは希望の神と言うことです。人は期待が裏切られたり、希望を失うときに、崩壊していきます。しかも世のものは必ず期待を裏切ります。ただ私たちに対して、「あなた」「アバ、父」と呼ばせてくださる神のみが、私たちの希望なのです。