・旅
主イエスはユダヤ人との対立を避けて、サマリヤ経由でガリラヤに向かいました。サマリヤはユダヤとガリラヤ地方の中間に位置していましたが、異邦人が住む地域で宗教も慣習も異なり、本来はまったく交流のない地域でした。
・旅の疲れで
「イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろして」とあります。主イエスは人となった方でしたから、弱さを持ち、渇きも空腹も覚えたのです。
一方では神として奇跡と復活をなし、他方では人として疲れを覚え弱さを持つ方、それが聖書が示すイエス・キリスト像です。そこに計り知れない恵みが秘められています。
・弱さでの出会い
「ひとりのサマリヤの女」が登場します。彼女は民族的にも宗教的にも主イエスと断絶がありましたが、主イエスは、初めから彼女との出会いを願っていました。彼女は、初め十分に自覚していませんでしたが、弱さを覚え、渇き、疲れた女性でした。色々な断絶がありましたが、弱さという一点で持って、主イエスとの深い交わりに招かれていました。
・すべて疲れた人は
人の弱さ魂の渇きは、同じ弱さ渇を持つ人でなければ、担うことができません。主イエスは私たちの弱さを担うために、私たちのもとに弱くなって来られたのです。
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)